第十一話 『阿弥陀様のぬくもりを頂いて』西駿組 大善寺 山田雅宣

皆さんはどんな時に涙を流しますか?嬉しい時、感動した時、悔しい時、様々あると思います。
今から9年前、私は悲しみの涙をたくさん流しました。それは30年間ずっと一緒に暮らしてきた祖母との別れがあったからです。

 「愛別離苦(あいべつりく)」という言葉を聞いたことがありますか?仏教をお開きになったお釈迦様が示されたお言葉で、どれだけ愛する人ともいつか必ず別れなければならないという私たち誰もが抱える苦しみのひとつです。その苦しみを目の当たりにした私は悲しみの涙をたくさん流したのです。
祖母の葬儀は、自坊の阿弥陀様の御前で勤めました。阿弥陀様は「南無阿弥陀仏」のお念仏を称えるものが、命終えた時に極楽浄土へと必ず迎え取って来て下さる仏様です。それも阿弥陀様自ら私たちの枕元にまで迎えに来て下さる仏様なのです。
晩年、祖母はよく、「おばあちゃんはもうすぐ阿弥陀様のお迎えを頂いて極楽に往くんだよ。先にいったおじいちゃんにも迎えに来てもらってね。孫たちの土産話と30年分の愚痴を話すんだ」と笑いながら話してくれました。
突然の病気で亡くなった祖父との再会を願い、祖母はずっと阿弥陀様に手を合わせてきたのです。
悲しみの中、祖母の葬儀を勤めている時に私は、祖父との再会を果たしている祖母の姿を思い浮かべました。阿弥陀様がいらっしゃるからこそ、何十年かぶりに手と手を取り合っている2人の姿を思い浮かべることができました。

 祖母との別れの悲しみがすべて無くなってしまうわけではありません。しかし、祖母を祖父の待つ極楽浄土へと必ず救って下さる阿弥陀様の頼もしさ。やがては必ず命終えていくこの私のことも極楽へと救いとって下さる阿弥陀様の有難さ。そして、私たちの「愛別離苦」の悲しみの涙に寄り添って下さる阿弥陀様のぬくもりを、お念仏を称える中に頂きました。

 これから先、いつどんな形で「愛別離苦」の悲しみの涙を流すのかわかりません。だからこそ、阿弥陀様から離れないよう「南無阿弥陀仏」のお念仏を称えて続けて参りたいと思います。かつて祖母がそうしていたように。

合掌
西駿組 大善寺 山田雅宣

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