第十話 『お盆~また会えるその日まで~』東駿組 龍宝寺 米津亮信 |

第十話 『お盆~また会えるその日まで~』東駿組 龍宝寺 米津亮信

このたびの西日本を中心とする豪雨により、被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
私の住んでいる地域も今までに経験したことがなくニュースで報道されるほどの雨量を観測しましたが、大きな被害が出ることはありませんでした。
その後、各地で記録的な災害レベルの猛暑が続いております。まだまだ暑さは続いていきそうですので、くれぐれも熱中症等にお気をつけください。

 

「お盆の意味」

7・8月はお盆の季節です。
お彼岸とともに、親しみ深い仏教行事であります。
「盆と正月の里帰り」などといわれるように、お盆の時期になると、帰省ラッシュがニュースで取り上げられ、普段は離れて暮らす家族や親戚が集まる良い機会となっております。
お盆は昔から日本人の心に深く根づいた風習・行事であり、古代インド語ウランバナの音訳、「逆さまに吊(つる) されるような苦しみ」を除く行事です。

お盆の起源は「盂蘭盆(うらぼん)経(きょう)」という経典に収められている、お釈迦さまの十大弟子で「神通第一」といわれる目連尊者と、餓鬼の世界に堕ちたその母親の逸話にさかのぼります。
お釈迦さまは、母親を救う方法を求める目連尊者に「僧たちが夏の修行を終える7月15日、彼らに食べ物や飲み物をごちそうすれば、その功徳によってあなたの母を救うことができよう」と説かれ、その通りにすると、目連さまの母親は餓鬼の苦しみから救われました。
これにもとづき日本では、毎年、地域により7月または月遅れの8月に先祖供養の行事として行われるようになりました。

もともとお盆は、7月13日から16日まで行われていましたが、明治以降は、七月の農繁期を避け、1ヶ月遅れで行う地方が多くなってきました。

 

「お盆の準備(精霊棚、迎え火、盆提灯、棚経、送り火)」

お盆には、ご先祖をお迎えするために家庭の仏壇・仏具を清め、仏壇の前に精霊棚を設けます。
精霊棚は一般に小机の上に真菰(まこも) のゴザを敷き、花、季節の野菜や果物、菓子、故人の好物などを供えます。
また、キュウリの馬やナスの牛も先祖の霊がこの世との往復に使う乗り物として供えられることがあります。

精霊棚の左右に、先祖の霊へ目印として盆提灯を飾ります。
一般的には絵柄のついた盆提灯ですが、地方により新盆に限り白い提灯を使うこともあります。

先祖の霊が迷うことがないように家庭の玄関先で、折った苧殻を井ゲタに積んだものに火をつけて燃やし、迎え火をたきます。

お盆の期間中に僧侶にお経をあげてもらうことを棚経といいます。
菩提寺や、都合によりご縁のあるお寺にお願いして僧侶を招きます。

お盆の明けには、先祖の霊を送るために送り火をたきます。
地方によっては供え物などを小さい船に乗せ、川や海に流す精霊流しや灯籠を流す灯籠流しなども行われます。

もともとお盆は、七月十三日から十六日まで行われていましたが、明治以降は、七月の農繁期を避け、一ヶ月遅れで行う地方が多くなってきました。

 

「盆踊り」

この季節になると、全国的に知られる祭りから町内の夏祭りまで、お盆の行事として馴染み深いのが盆踊りですが、実はこの盆踊りは仏教行事なのです。

もともと室町時代の初め、お盆に帰ってきた先祖の霊を慰めるために鐘や太鼓をたたいて念仏を唱えながら踊るようになった頃から、娯楽的なものへと変わって行きましたが、起源は平安時代の中頃、浄土教を広めた空也上人が始めた踊念仏にあるとも言われています。

徳島の阿波踊りや岐阜の郡上おどりなど各地からのニュースを聞かれる頃、実は盆踊りが、先祖から脈々と受け継がれた仏教行事であることを考えると、何か特別なものに感じられる気がしませんか?

 

「倶会一処」

お盆には、お墓参りをされる方も多いと思いますが、墓石に刻まれていることがある「倶会一処」という文字をみられたことはありますでしょうか。
これは、浄土宗が拠りどころとしている経典の一つである『阿弥陀経』というお経に説かれています。
「倶」とは、「共に、一緒に」ということです。
「会」は、「会う」です。
「一処」は、「一つの場所」、それが「阿弥陀様のお浄土」です。
つまり、「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えていれば、阿弥陀様の極楽浄土へお救いいただき、かけがえのない方と必ず再会できるという、大変尊い意味がございます。

 

法然上人御作『花のうてなの御詠歌』

露の身は ここ彼処(かしこ)にて 消えぬとも、心は同じ 花の台(うてな)ぞ

私たちはみんな、露のように儚い存在です。
大切な人とも、いつかは必ず別れの時がやってきます。
でも、二度と会えないわけではありません。
今は遠く離れていても、阿弥陀さまを信じ、お念仏を称える私たちが向かう場所は同じであります。
お念仏をお称えしていれば、必ず阿弥陀様のお迎えをいただいて、極楽浄土へ生まれることができる。
それは、“いずれ必ずお浄土で再会できる”という意味であります。

「南無阿弥陀仏」と称えることによって、ご先祖さまや大切な方と“浄土での再会”を約束することができるのであります。

お盆に、お墓やお仏壇等でお念仏をされる機会は多くあると思います。
ご先祖さまや、先立たれた大切な方と極楽浄土で再会できる日を楽しみに、また会えるその日までお念仏をお称えください。

合掌

東駿組 龍宝寺 米津 亮信