第十二話 『施餓鬼会(せがきえ)~自分自身を省みる~』東駿組 西安寺 杉田善道 |

第十二話 『施餓鬼会(せがきえ)~自分自身を省みる~』東駿組 西安寺 杉田善道

現在、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大しています。早期収束を願うと共に、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。

さて皆様、餓鬼という言葉をご存じでしょうか?餓鬼大将という言葉は会話の中で使ったことがあるかと思いますが、餓鬼とは生前の罪のむくいで、常に飢えと渇きに苦しむ餓鬼道に堕ちた衆生のことです。施餓鬼とは、その餓鬼に飲食を施す法会で、救抜(くばつ)焔(えん)口(く)餓鬼(がき)陀羅尼(だらに)経(きょう)というお経に由来が説かれ、お釈迦様のお弟子で多聞第一と言われた阿難尊者の故事によるものです。

ある日、阿難尊者の前にやせ衰えて口から火を吐く餓鬼が現れて、「お前の命はあと三日で、死後は餓鬼道に堕ちるだろう。そうなりたくなければ、膨大な数のすべての餓鬼に食べ物や飲み物を施せ。」と告げました。阿難尊者は、驚き悲しんでお釈迦様に救いを求めます。するとお釈迦様は、その膨大な数の餓鬼に食べ物や飲み物を施すことが出来る修法をお説きくださいました。これが施餓鬼の由来です。

このお釈迦様がお説きくださった修法を実践し、餓鬼道に堕ちた衆生を供養すると共に、我々自身に積まれる功徳を、先立たれた大切なご先祖様に振り向けさせて頂くのが施餓鬼会であります。

IMG_6919 「餓鬼」:杉田まりえさん 作

餓鬼の体は、手足がとても細く、お腹は大きくふくれ上がっています。そして爪は異様に伸びています。この体は何を表しているでしょうか?
餓鬼の体は、感謝する事を知らない心、どんどん膨らんでしまう欲望、周りのものをなんでも自分のものにしようという貧しい心を表しているのです。
餓鬼は身も心も愚かだと思うかもしれませんが、このような貧しい心を少なからず私たちも持っているのではないでしょうか?

私達が生きて行くために他の命を頂く食事も、仕事などに追われて心に余裕が無くなると、感謝する心を忘れて、ただ欲望を満たす食事になってしまいます。その事にも気付かず生活している私達ではないでしょうか?
施餓鬼会は、そんな貧しい心を持ち合わせた自分自身をみつめ、普段の生活を省みる大切な時間でもあります。

施餓鬼会に御参加の際には、餓鬼道に堕ちた衆生を供養させて頂き、その功徳を先立たれた大切な方へ振り向けさせて頂き、また普段の自分自身を省みて、西方極楽浄土への往生を願い阿弥陀様にお頼みをするお念仏に精進させて頂きましょう。

 

合掌

東駿組 杉田善道