第三話 『終戦七十年を迎えて』 清水組 延命寺 石田正英 |

第三話 『終戦七十年を迎えて』 清水組 延命寺 石田正英

今年を振り返ると、様々な場所で戦没者慰霊法要に参列させていただきました。

4月総本山知恩院において宗祖法然上人の御忌法要が行われた際に、8日間14座全ての法要の中で全国各地の浄土宗僧侶が戦没者精霊位の追善の為にお勤めしました。

また5月奈良の東大寺において全日本仏教青年会が開催した千僧法要では各宗派の青年僧侶が世界平和を願って一堂にお勤めしました。

10月由比地区仏教会での慰霊祭で地域の遺族会の皆様とお勤めしました。

11月大阪来迎寺さんで全国浄土宗青年会の別時念佛会を勤め、200人近くの浄土宗青年僧侶とともにご供養しました。

自坊においても法要ごとにお勤めしていますが、特に11月の十夜法要では戦没者の遺影、お位牌を正面にお祀りし、過去帳に記載されている英霊の御戒名を読み上げるとともに、戦争で亡くなった方のご供養の為にお檀家の皆様とお念仏を称えました。

 

総本山知恩院では「戦死病没 戦災死者 諸精霊位 怨親平等 證大菩提」と回向されていました。宗祖法然上人が幼少の頃、屋敷が夜討ちに遭い、父時国公が殺されてしまいます。武士の世の習いであれば仇打ちは当然でありましたが、臨終の枕元に我が子を呼び、「敵を怨んではいけない」と御遺言をのこし、亡くなりました。

その後法然上人は出家し、親しい者も怨む者も、全ての人を救う教えを求めて修行し、ついに怨親平等に誰でもが救われる教え、お念仏を広めることとなります。

 

戦時中、召集令状が届き、家族を残し戦地へ出発する時にはどんな気持であったか、また大切な大切な我が子を戦地へ送らねばならなかった親はどのような心境であったか、考えるだけで涙が出てきます。

しかしそれは日本だけでなく、他の国にとっても愛する家族があり、生きて帰って来られれば喜び、戦死してしまったら悲しんだことと思います。

残念ながら、現代においても戦争が途絶えることはありません。

法然上人の怨親平等の、み教えであるお念仏が世界に広まり、戦争で悲しむ人、苦しむ人がいなくなることを心から願っております。

 

阿弥陀佛のお救いについて詳しくは『お念仏とは?』をご覧下さい。

合掌十念

全国浄土宗青年会 副理事長
清水組 延命寺住職

石田 正英