『御忌大会に出仕させて頂いて。』 東遠組 應聲教院 浅井聖音 |

『御忌大会に出仕させて頂いて。』 東遠組 應聲教院 浅井聖音

私は、静岡県の菊川市にございます應聲教院という寺で、副住職をさせて頂いてる浅井聖音と申します。

今回、私は大本山増上寺にて四月二日から七日まで行われている『法然上人御忌大会』の最終日の午前中に行われる『法然上人降誕会』と言う法要に、初めて増上寺の式衆として出させて頂いたので、その時感じた想いについてここで書かせて頂きます。

 

初めに、この『法然上人御忌大会』の由来を簡単に書かせて頂きたいと思います。
法然上人の忌日法要を「御忌」と言うようになったのは、後柏原天皇が、「大永の御忌鳳詔」という公に意思を表示する文書を下された事によります。
その旨には「門葉を集め、昼夜にわたって法然上人御忌をつとめ、はるかに教えの源をたずねよ」とあります。
ここに、御忌は勅会として定められ、以来、天皇の忌日法要を指す「御忌」が、法然上人に対しても用いられる事になったのです。

この御忌大会ですが、毎年四月に前半は、東京にある大本山増上寺、後半は、各本山や、京都にある総本山知恩院で、法要や色々な展示、普段は入る事が出来ない所を開放など、色々な物や貴重な体験が出来るので、是非沢山の皆さんにお参りして頂ければと思います。

さて、今回は四月二日から七日に行われた大本山増上寺の御忌の話でございます。
私は今まで過去数年間、静岡教区の代表として、御忌法要に出仕させて頂いていました。
しかし、今回は初めて増上寺の式衆として参加させて頂きました。

この式衆と言うのはどんな事をするのかと言いますと、具体的には、この御忌法要を式衆みんなでしっかりと威儀、作法を揃えて綺麗に見せる。
そしてそんな中でも大きな声でお経やお念仏をお唱えする。と言うような、法要をしっかりと作って行くような役でございます。
導師の脇で揃いの衣を着て発声しているので、見て頂ければ一目でわかるかと思います。

この式衆として出れるのは、増上寺の法式修練道場を終えて、式師会に入りお稽古に通い、年に数回ある特別研修や、御忌の習礼をしてようやく式衆として出れると言うとても大変な道であります。
しかし、式衆として法要に出れた時はとても言い表す事の出来ない感動がありました。

今回、私が初めての式衆として出させて頂いた法要『法然上人降誕会法要』と言うのは、音楽法要とも言われ、式衆や随喜寺院の他にも淑徳高校聖歌隊、増上寺合唱団が法要に出仕して、仏讃歌を斉唱致します。
普段のお経と歌のコラボレーションと言うとても特殊な法要でございます。

その法要の中でも、私達式衆と合唱団が一緒にお唱えする「和訳礼賛」と言う、善導大師の「往生礼賛」の一部「三尊礼」を和訳で唱える所があるのですが、私達僧侶と高校生の合唱のコラボレーションという、とても色々な音があって素晴らしい法要です。
私達僧侶も普段お経を唱えていると、節というものがあり、聞く方にとっては音楽になる訳でございます。
なので合唱と重なった時とても素晴らしく聞こえるのでございます。

そしてこの法要の導師をお勤めしましたのは、静岡教区教区長 西福寺住職 川村一紀上人でした。
導師と言うのは一番法要の要であって、作法や読み物など目立つ事が多いですが、そのどちらともとても堂々としており、見ている檀信徒の方や、一般の方がとても感激していました。

 

どうでしょうか皆さん、この御忌法要の私の文を見て、少しでも興味をお持ちになって頂ければとても嬉しいです。
色々書かせて頂きましたが、やはり一番根にあるのは、お念仏をお唱えするという事でございます。

この法要以外にも御忌期間中には、圓光大師堂と言うお堂にて大本山増上寺布教師会の上人達が常念仏という行事を行っております。
これはどなた様でもこのお堂に上がって頂き、共々にお念仏を唱えて頂くという。
普段はなかなか出来ない木魚を叩きながらお念仏実践がどなた様でも、体験出来る素晴らしい体験場所ですので、こちらも是非行ってみてはいかがでしょうか。

長々とここまで読んで頂いて有り難うございました。
この御忌大会を務めるにあたってやはり一番大切なのは、一遍でも多くのお念仏をお唱えするということではないでしょうか。
我々が救われるお念仏のみ教えを残して下さった法然上人の為に御忌で唱えるお念仏、自らの救いを求めてのお念仏。
思う所は色々あるかもしれませんが、是非とも皆様も御忌大会にお越し頂き、どんな形でも共々にお念仏に触れあって頂ければ嬉しく思います。

南阿弥陀佛のお救いについて詳しくは『お念仏とは?』をご覧下さい。

合掌

東遠組 應聲教院 浅井聖音